風景を描く 写真ではない手書きの良さ

江ノ電のある風景を描くため取材した鎌倉高校前駅

省略や再構成は効果的に

風景画を描くことは、現実そのままに描くことではない。現実通りなら写真で十分。最近は写真をパソコンやスマホで自由に加工もできるから、素人でもちょっとコツを飲み込めば「インスタ映え」する写真を作ることは可能だ。
こんなにテクノロジーが発達しているのに、それでもアナログな手法で絵を描く。しかも描き手の想像力・創造力から生れ出たファンタジーや抽象画やイラストではなく、愚直に絵具と筆で風景画を描く。うーん、何でだろう?(笑)

そんな根本的な問題はさておき、風景写真との違いは、絵は自由に切ったり張ったりできること。色も自由に変更できるし、筆致や絵具の濃さなどでさまざまな表現が楽しめる。
私も木々が邪魔で描きたいものが見えないときは少し位置をずらしたり、変に空間があいてしまう時は何かしら描き加えたりする。もちろん下手にやると作為的になってしまうので、不自然にならないよう考える。

何気なく歩いている時に綺麗だなと感じた光景を撮影しておく

メイン(主題)を決める

「絵も定食と同じでメインがあって、副菜や汁物のようなサブメニューは手を入れすぎない」とは高校時代の恩師の教え。
一番描きたいものにはしっかりと手を入れ、周りはぼかしたり薄くしたり、見る人に何を描きたいのか伝わるように表現方法を変える。ファインダーを覗いてどこにピントを合わせるかを決める写真も同じだと思う。

色も自由に変更して構わない。例えば金閣寺を派手なピンクに塗ったら宗教施設なだけにちょっと不謹慎な気さえするが、そもそも金色を再現するために黄色系絵具を駆使するだろう。影の部分を青や紫がかったグレーで表現する人も多いはず。川の流れを表現するのに、本来透明なはずの水に水色を使う。そう考えると絵を描くときは誰でも自然に色を変更して描いていることになる。
色を自由に選ぶのであれば、全体としてまとまりのある系統の色を使うのがいいだろう。時には反対色を並べて目立つようにすることもあるし、同系色でまとめることもあるだろう。
何しろ、絵は自由なのだから。アートイズフリー!

有名スポットを描くのも勇気がいる…?

私は油絵をやっていた高校生の頃から風景画を描くのが好きだ。
人物や静物、イマジネーションを働かせたイラストなど、水彩画にもいろいろあるけれど、なぜか風景画が一番好きだ。
中でも建物を描くことから私の水彩風景画は始まった。教会や寺院など有名な観光スポットを描くことも多い。観光も兼ねて、スケッチや取材に行くのも楽しい。だが、観光スポットで記念撮影をする時のような風景を絵にするのは少々難しい。人が多すぎることや、ありきたりな構図なら写真で十分だからだ。

みなとみらいのビル群をいかに魅力的に描くか?

風景画の場合は、展覧会で絵を見た人がすぐにどこか分かる、よく知られた場所であることがお客様を惹きつける理由の一つであったりする。もちろん絵として美しいことは言うまでもないが。ただ有名な建物の場合、ちょっとした歪みや色など現物との違いまで見抜かれやすい。寺社や城は経験上、細部まで正確に描くのは非常に根気がいるので、どーんと画面の中央に描くのはビギナーにはハードルが高い気がする。その場合は建物全体を描かずに、近くに生えている木々とともに一部分を切り取った絵にするのもひとつの手だろう。

日本丸の総帆展帆を狙ったが、あいにくの曇り空。
でもそこは絵なので、なんとでもなる!

構図が大事

風景画でまず大切なのは構図だと思う。
風景の切り取り方は描き手によって様々だ。私は油絵をやっていた頃の構図の切り取り方(当時はもっとごみごみした部分を描いていたのだが)を自分のスタイルとして残している。

近年は建築物そのものよりも、普段の生活で目にする(有名な場所ではない)普通の街角を絵にしたいと思うようになった。生活感のある町並みや商店街、田舎ののどかな光景など、絵になる風景はどこにでもある。写真映えしない(もちろん撮影する人によっては素敵な写真になるのかもしれないが)景色であっても、絵にする時にどれだけ芸術的に雰囲気を醸し出せるか、そこに画家の腕がかかっているのかもしれない。
そのような、ある意味チャレンジで初めて描いた街角の絵は、ごみごみした商店街の雨の夕暮れ時で、とても苦労したのを覚えている。出来が良いのか悪いのか分からないまま展示したところ、なぜか見る人にノスタルジーを感じさせたようで、買ってくれる人まで現れた。
見る人の琴線に触れるかどうか。それは難しい課題だけれど、とにかく自分のスタイルで風景を描く。これからも挑戦が続く。

私の水彩絵具 いろいろ

いろいろな水彩絵具

画材屋さんに行くと、水彩絵具もいろいろなメーカーのものが並んでいて、どれがいいのか戸惑うことも多いだろう。有名なところではウィンザー&ニュートン、ホルベイン、クサカベなどがあり、透明水彩/不透明水彩、四角い固形のもの/大小のチューブ入りなどがずらりと並ぶ。よく見ると、色によって値段が違う。これは色を作り出す原材料の違いであり、高ければ良いというわけではない。
私が使っているチューブ入りの絵具は以下のメーカー。黒と白は使わない主義。
【ウィンザー&ニュートン】2008年にアメリカで水彩画を始めた時にセットで購入したのがウィンザー&ニュートン製コットマンウォーターカラーズのシリーズ。何本セットだったか覚えていないが、必要な色を追加し、使い切ったら補充しているものの、未だにアメリカ時代のウィンザー&ニュートンで事足りている色が多い。もう10年以上経っているのに、チューブの中で固まることもなく、最近の絵具は素晴しい。
【ホルベイン】日本でウィンザー&ニュートンは固形タイプしか見たことがない上、かなり高価なので、足りなくなった(=よく使う)青と緑色はホルベインのチューブを補充している。

よく使う色とそうでもない色

風景画を描く私にとって、使用頻度の高い色はこの4つ。
バーントアンバー(焦げ茶)・パーマネントバイオレット(紫)・
ウルトラマリンブルー(濃い青)・シャドーグリーン(濃い緑)

風景画を描く私にとって、古くからある日本の家屋、自然の山々、そして影色を表現する際に、これらの色の微妙な配合の違いで気に入った色合いを作り出すので、最も使う頻度が高い。ともすれば暗―い絵になるのも分かる…?

私のプロフィール

井上秋子 Akiko Inoue

「アトリエおらんじゅ」主宰
子供の頃から絵を描くのが好きで、高校時代は美術部に所属、油絵で具象的な風景を描いていた。
2008年、アメリカ駐在に帯同し、カリフォルニア州サンディエゴで子育てのかたわら水彩画を始める。
2013年に帰国後は熱海市泉に拠点を置き、神奈川県を中心にスケッチに出かけ、風景画を制作。
2015年より「湯河原・真鶴アート散歩」の企画で自宅や他会場にて個展開催、毎年、湯河原、小田原、横浜でのグループ展に参加。湯河原美術協会会員。
2019年、熱海・湯河原活動する絵画クラブ「アートサロン」の開設に副代表として携わる。
同じく2019年、横浜の戸塚にてビギナー向け水彩画教室開講、2020年戸塚第2教室開講。
2020年11月湯河原美術館併設カフェにて個展、2021年春より熱海にてビギナー向け水彩画教室開講。

2児の母。堪能な英語とフランス語を活かして欧州にスケッチ旅行に行くのが夢。
趣味はお菓子作りと菜園、お城巡り。ペットはうさぎ。

水彩画 私の道具

私が普段使っている水彩の道具を紹介します。

・絵具…色は18色。黒と白は使わないが、ハイライトとして入れる白だけはアクリル絵具。
 私は風景画を描くので、自然の色を多く使用するため茶・青・緑が豊富。
詳しい絵具についてはコチラ
 

・筆…平筆と丸筆、それぞれ大中小とあればいい。特にこだわりのメーカーはないが、数千円するものもあるので、買うときは値段をチェックしたほうが良い。
私は比較的硬めの筆が使いやすいと思う。子供の絵具セットはやたら柔らかい筆が多く、非常に使い勝手が悪いので、娘が夏休みの絵を描くときは筆だけは貸してあげている。

・パレット…スケッチに出かけるときに持ち運びやすいよう100均の手のひらサイズを使っていたが、色を入れる小さいスペースが12個しかないので、上にあげた色全部が入らないので、青い絵具を4種類ぐらい新規導入したのを機に大きめのパレットを購入。1500円くらいだったように記憶している。
近頃の水彩絵の具は質が良いので、固まっても水で溶かせばすぐに使える状態になる。そのため、私はほとんどパレットを洗うことがない。混色する大きいスペースも、なんとなく赤系・緑系・茶系・青系を作る場所として自分で決めているだけである。

・筆洗…100均の3個が重なるタイプを愛用している。筆に水を含ませる・筆を洗うだけのものなので、なんでもいいと思う。持ち運び用に蓋のついた瓶を使う人も多い。

・紙…道具にはあまりこだわりがない私だが、水彩用紙だけはこだわりがある。と言ってもアメリカで水彩を始めたころの近隣の画材店にはカンソンのストラスモアかアルシュの2種類しかなかったので、初めはストラスモア、上達したら高価なアルシュを使うようになった。
日本に帰国したら水彩用紙の種類が豊富なことに驚いた。全部の種類を使ってみたわけではないが、今はアルシュの緑色の表紙のものとウォーターフォードの紺色の表紙のもの、ブロック型で300g/㎡の厚さで荒目か中目を使用している。大きさはSMサイズからF4、F6、F8など。

・鉛筆…下書き用で基本的に何でもいいのだが、三菱鉛筆のBを使用。

・消しゴム…こちらもなんでもいいのだが、MONOのよく消える消しゴムを使用。

・カッターナイフ…鉛筆を削るため。荒目だと結構鉛筆の減りが早いから鉛筆削りを使っていない。時々は画用紙の表面を削って白い線を入れるのにも使用。

・定規…15センチくらい。建物や遠近法の下書き用。

・ペン…サクラ製のピグマで太さは0.5か0.4。基本は黒。セピアもある。

・水筆…野外スケッチ用で短時間に着色したいときは水筆が便利。時々立ったままSMサイズにささっとスケッチしてなんとなく色づけし下絵として使うこともある。
マスキング液を塗るのに専用の水筆も作った。

・ティッシュかキッチンペーパー…水分を拭き取ったり、消す時に使う。

・マスキング液…波や川を描くときの水の泡や細い線など白抜きしたいときに使う。【ホルベイン】のマスキングインク466を使用。

・塩…水たっぷりのウェットな状態で色を塗り、上から岩塩を降りかけると味のある模様ができる。

・霧吹き…ウェットな画面を作るときなどに使用。100均の手のひらサイズのボトルを使用。

・メンバーズカードのような硬めのカード…ウェットな状態でカードの角で引っ掻くようにして木目などを表現するのに使用。

・ペインティングナイフ…油絵を描いていたころに使用していたナイフだが、ブロック型の用紙を、絵が完成したら1枚はぎとるのに使用。

アメリカの水彩教室を真似てみた

アメリカの水彩画教室のスタイルを真似てみた

私が夫の海外赴任に帯同してアメリカ西海岸に渡ったのは2007年。子供たちは1歳と3歳で慣れない地での子育ては大変だった。
その中で子供たちがプリスクールに行っている間の大人の習い事タイムはリフレッシュできるかけがえのない時間。英語と料理とエクササイズなどに通ったが、一番長く続いたのは水彩画。
リタイア後の白人が多いこのクラスでは、課題の絵を転写して下書きとし、先生のケイトが何回かに分けてデモンストレーションを見せ、生徒は皆で同じ絵を描きながらテクニックを身に着けていくというスタイルだった。1枚の絵が完成するには2回のクラスをまたぐので、およそ5時間かかる。混色・ぼかしの技法や、マスキング・海綿・塩・ラップを使ったテクニックなど、多くのことをここで学んだ。
このやり方だとみんなが同じ絵を描くのだが、出来上がりは個性が出てユニーク。構図やデッサンもしっかりしているため完成したときの満足度も高い。私が、日本でもこのスタイルを採用しようと思ったのはそのためだ。

アメリカらしさ

教室のスタイルとは別に、アメリカで習った水彩画の記憶は私の中で「アメリカらしさ」として刻み込まれている。それは色の鮮やかさ。
日本に帰国して初めて行った水彩サークルでは色の淡さが気になった。水彩は薄く淡く塗るという決まりがあるのか?と思うほど。
かつてアメリカで描いた作品も個展の末席に並べたところ、意外とウケが良かったこともあり、明るい絵・鮮やかな色彩というのは、常に私の作品づくりの信条である。

ケイトのクラスで描いた絵のひとつ。色合いや表現がはっきりしている。

自分に合うスタイルを見つける

アクリル絵具で描いたギリシャの島

水彩が好き

私は美大を出ていない。経歴に「○○美術大学卒業」と描けたら、水彩画を描く者として見栄えがいいのではないかと思うこともあるが、大体の画家さんは「経歴なんて関係ないよ」と言う。才能と実力で地位を勝ち取ってきた彼らにとっては当然の感覚なのだろうなと思う。

美大を出ても、もちろん全員が画家になれるわけではないし、就職先に困る話も聞くから、美大に行かなかったことを後悔しているわけではない。

しかしながら、美術の基本のキの字も知らないのは確かで、ちょっとだけかじってみたくなり、アメリカ滞在中にコミュニティーカレッジ(大学の教養課程)に通った時期がある。

美術を専門とする学生たちが最初に取らなければならない教養の授業で、18歳くらいの若い学生と混じって、ドローイング、デザイン、アクリルのクラスを履修。中には単位を取るためだけに来ている学生もいた。脱落者の多いデザインのクラスは課題が膨大だったがやりがいがあった。油絵に近いアクリル画もやってみた。

ペン画クラスにて

英語での聴講はハードルが高いが、実技中心の授業ばかりだったので、すべてのクラスを「A」(4段階の成績評価)で終えることができた。

とはいえ、それだけでは美大生の半分の知識も経験も得られなかったが、今思えば自分に一番合うスタイルを探しに行っていたのかもしれない。大学とは別にカルチャーセンターのペン画クラスにも通った。そして、最終的にはもともといたケイトの水彩画クラスに帰っていった。先生も仲間たちも約1年休んでいた私に「おかえり」と言ってくれたのが嬉しかった。 そこから私の水彩風景画への思いが本格化していったように思う。旅行に出れば、写真を撮り、家に帰ってから絵を描いたし、住んでいた街のあちこちへスケッチに出かけるようになったのもこの頃だ。ケイトの下で細々と水彩画を習い始めてから約4年が経っていた。

ペン彩画との出会い

帆船はペンで描いたほうが描きやすい気がする

ペンと水彩で描く

日本に帰国したらペンの線を生かした風景画に挑戦してみようと思っていたので、五十嵐吉彦先生を中心に各地で活動している「水陽会」の系列クラスに入った。

「水陽会」の中でもペンを使った「ペン彩画会」には、「ペンによるスケッチの線を活かし、透明水彩絵具で彩色し白地を活かして、光と影の表現を尊重し、サイズはF4主体‥」とある。

簡単な道具だけでよい。旅先でささっとペンでスケッチをして、透明感のある水彩で風景画を仕上げるのに、F4というカバンに収めやすい大きさ、そして形を取ってあとは塗るだけという気軽さ。「水陽会」のメソッドは、余暇に絵を描いて楽しもうという人にも簡単にチャレンジできるスタイルとしておすすめである。

日本ペン彩画会のサイト

PIGMAのペン
愛用しているPIGMAのペン

もともと絵を描くのが好きだった私はイラストを描くのにサクラのPIGMAというペンを愛用しており、趣味で漫画のようなイラストを描いていたころは0.01という極細のペンを使っていた。風景画を描き始めてからは0.4が多い。このペンは描きやすく、水彩絵の具を使ってもにじまないのが良い。

私が初めてペンでスケッチ画を描いた時の失敗を記しておこう。

印刷に向くイラスト画しか知らなかった私は全部の線をペンで描いてしまい、先生に「描きすぎ」と注意される羽目に。風景画では遠くにあるものは薄く表現するので、ペン入れするのはメインとなる建物ぐらいでよかったのだ。ペンで描いてしまったら消せないので、「どこまでペンで描くか」というのは初めは判断が難しい。

ペンで描くと楽なのは、船や寺院など複雑な形状のモチーフ。

逆にペンで描かないほうがいいのは、木々、石ころ、雲など、メインを盛り立てるものたちである。

最近はよほど入り組んだ線や暗い影に沈んだ建物の一部以外はペンを使わなくなった。だが鉛筆の線は絵の具の水分で描いているうちに消えてしまうので、ビギナーにはペンをおすすめしたい。きちんとペンで描いておけば、あとは塗り絵のようにさっと色をつけるだけで形になるからである。

油絵との出会い

ペインティングナイフで描くのが好きだった高校時代

高校の美術部時代

子供の頃から絵を描くのが好きだった私は高校で美術部に入った。

ただ動機は不純で、純粋にもっと絵を習いたいという気持ちからではなく、中学時代の運動部のキツさに嫌気がさして、「美術部=帰宅部」という「放課後はときどき美術室で絵を描こう」くらいの軽い気持ちであった。

しかしながら、私のその考えは間違っていた!

私の高校の美術部は、大阪の数多い高校の中でもトップクラスに入るレベルの高い、活発な美術部だったのである。活動日はほぼ毎日。夏休みには合宿まであり、お盆休みもなく絵を描き続けるというスパルタ美術部であった。

とはいえ、個性溢れる楽しい仲間たちと絵を描く日々は充実していた。

汚れが落ちにくい油絵具

50号との格闘

初めてなのにいきなり50号の油絵を描いた。この美術部では50号が基本で、時には80号、最大で120号の絵を脚立に乗って描いたこともある。合宿の時だけ「持ち運びが楽」という30号。それでも大きい。今、F4やF6を描いていることを思うと、本当に大きな作品と格闘していたことが分かる。

時間はあるがお金のない私たちは自分たちでベニヤ板を切り、木枠をつけ、下地を塗って絵を描いていた。高価な油絵具も大きな絵だとどんどん使うので、メディウムを混ぜることで量を増やして使っていた。

朝焼けの尾道港。こんな美しい光景を描かず、ごみごみした工場などを描いた記憶がある。

合宿は他の高校と合同で1年時には三重県・波切、2年時には広島県・尾道へ行った。昼間はずっと絵を描き、夜は絵を並べて批評会。厳しい意見が飛び交う刺激的で恐ろしい時間だった。

夏休みの終わりに大阪の高校展(コンクール)があるためお盆休みも学校へ行き絵を描いた。お盆に活動があるのは野球部と美術部だけだった。

文化祭では飾りつけなども任され、なかなか休みのないハードな部活だったが、顧問の先生は厳しいわけではなく好きなようにやらせてくれた。写実的な絵ばかり見ていた私に、印象派やキュービズム、具象や抽象という幅広いアートの視野を与えてくれた。

私が高校の頃に描いた油絵が1枚も残っていないのは残念だが、ごみごみした街角を実際の色とは異なる色で描いた具象的な風景画が多かったのを覚えている。

様々な美術展へ足を運び、レベルの高い他校との交流もあり、アートの視野を広げてくれた高校時代の経験。ただ結果としては、自分には美術の才能がないと思い、絵の道に進むことはなかった。美術部の仲間のうちには美術系の大学へ進学した人もいるが、私は歴史を学びたいという思いが強く総合大学へ進み、しばらく絵から離れることになる。

しかしながら、20年後にまた絵を描き始め、今もなお美術の才能がないと思いつつも、筆を握っている不思議な因果である。

2020年11月 湯河原での個展

2020年11月1日~30日 and garden 湯河原美術館カフェでの個展は無事終了いたしました。たくさんのご来場ありがとうございました。

コロナ禍にあって2020年は横浜、小田原、湯河原でのグループ展がすべて中止になりましたが、幸い11月の湯河原での個展だけは開催できました。
会場は湯河原美術館に併設するカフェ「and garden」さん。以前から地元のアーティストの作品を紹介する企画を毎月開催していたカフェの店長さんから私の作品をインスタグラムで見てお声がけいただきました。
折しも「Go To トラベル」が盛り上がっていた2020年の秋、温泉観光地・湯河原は首都圏からの観光客で賑わっていました。この時期に個展を開催できたのは本当に運が良かったです。たくさんのお友達が東京や神奈川から駆けつけてくれ、友人と会うのさえ自粛していたこの年に唯一のリフレッシュできる機会となりました。

地元・湯河原の風景を中心に約20点の作品を展示、カレンダーや絵葉書もご用意し、カフェを訪れたお客様たちに見ていただくことができました。中には絵をお買い上げくださる方もいましたし、その後作品のオーダーをいただいたり、私が関わっている絵画教室に興味を示してくださる方もいて、個展開催による効果も実感できました。知名度はまだまだですが、地元の方に愛される風景画家に成長していきたいと思っています。