水彩スケッチ 現場か写真か

東京駅は魅力的なモチーフだが、人が多い上に時間がかかりそうなので現場で描くことは諦めた

屋外で描く・写真を見ながら家で描く

私は風景画を描くのが好きなので、月に数回スケッチに出かける。
やはり絵にする時に現場の空気感や思い入れが自然とにじみ出るものなので、屋外スケッチまたは取材は大切である。
ただ、家族や友人との観光の途中や単なる移動の際に惹きつけられた風景――夕焼けが綺麗だとか雨に輝く路面だとかは、なかなかスケッチをする余裕がないのも事実。
その場合は、できるだけその場の空気感を心に留めながらスマホで撮影して、家でゆっくり絵にすることになる。

屋外スケッチにしても、F4サイズの絵を仕上げるのにおおよそ4~6時間かかる。描いているうちに雲の形は刻々と変化するし太陽が動き影の位置が変わる。その日の湿度によって絵の具の乾き方も違い、着色のスピードや絵具の混色にも関わる。そこが屋外スケッチの難しいところ。
屋外で制作していても、例えば影の落ち方が一番魅力的なタイミングにスマホで撮影しておいて、絵の中で影をつける際には参考にする。当然走り去る車や電車は写真を見ながら描き入れることになる。どのみち写真と絵は切っても切り離せない。

電車は一瞬にして走り去ってしまうので、連写しておき、後で良い角度を選ぶ

現場でスケッチ、仕上げは家でゆっくりと

その上、私は現地で描くとどうしても実際の色に引きずられる傾向があるので、家で落ち着いて描くほうが好きである。どこにいても自分の色を出すには、まだまだ未熟ということかもしれない。
というわけで、屋外スケッチに出かけても、途中で切り上げて家で仕上げるほうが多い。ひどいときは下書きしかしないで帰って来る時もある。

家で描くときは、ゆっくり構成を考える余裕が生まれる。画面の構図や色のおおまかな配置や着色の順番を落ち着いて考える。水彩画は油絵のようには重ね塗りがきかないので、下書きをしてから色を置くまで、しばし工程を考える時間を持っている。どこにマスキングをするか、どの時点で塩を使うか、下地にどんな色を使うかなどを決めるのである。
もちろん考えていた通りには進まないし、色を置く際に偶然にできるにじみや染みも水彩画の味わいだと思う。

上の写真と比べて、電車の位置などが違うのがお分かりだろう。
スケッチに行ったときは、まだ一分咲きだった梅も絵の中では咲いている。

写真よりも魅力的な画面を作る

写真の通りに描くのであれば、初めから写真で良い。
そもそも写真という手段があるのに、なぜ絵を描くのか、絵にする必要があるのかということを考えると、水彩画の持つ「にじみ・ぼかし」をうまく利用して、ときには大胆にモチーフを省略・再構成することで、「写真より魅力的な画面を作る」ということだろうか。

絵なのだから、すべてをその通り描く必要はない。
実物通りの色にする必要もない。
絵は自由なのだ。アートイズフリー!

自分に合うスタイルを見つける

アクリル絵具で描いたギリシャの島

水彩が好き

私は美大を出ていない。経歴に「○○美術大学卒業」と描けたら、水彩画を描く者として見栄えがいいのではないかと思うこともあるが、大体の画家さんは「経歴なんて関係ないよ」と言う。才能と実力で地位を勝ち取ってきた彼らにとっては当然の感覚なのだろうなと思う。

美大を出ても、もちろん全員が画家になれるわけではないし、就職先に困る話も聞くから、美大に行かなかったことを後悔しているわけではない。

しかしながら、美術の基本のキの字も知らないのは確かで、ちょっとだけかじってみたくなり、アメリカ滞在中にコミュニティーカレッジ(大学の教養課程)に通った時期がある。

美術を専門とする学生たちが最初に取らなければならない教養の授業で、18歳くらいの若い学生と混じって、ドローイング、デザイン、アクリルのクラスを履修。中には単位を取るためだけに来ている学生もいた。脱落者の多いデザインのクラスは課題が膨大だったがやりがいがあった。油絵に近いアクリル画もやってみた。

ペン画クラスにて

英語での聴講はハードルが高いが、実技中心の授業ばかりだったので、すべてのクラスを「A」(4段階の成績評価)で終えることができた。

とはいえ、それだけでは美大生の半分の知識も経験も得られなかったが、今思えば自分に一番合うスタイルを探しに行っていたのかもしれない。大学とは別にカルチャーセンターのペン画クラスにも通った。そして、最終的にはもともといたケイトの水彩画クラスに帰っていった。先生も仲間たちも約1年休んでいた私に「おかえり」と言ってくれたのが嬉しかった。 そこから私の水彩風景画への思いが本格化していったように思う。旅行に出れば、写真を撮り、家に帰ってから絵を描いたし、住んでいた街のあちこちへスケッチに出かけるようになったのもこの頃だ。ケイトの下で細々と水彩画を習い始めてから約4年が経っていた。

油絵との出会い

ペインティングナイフで描くのが好きだった高校時代

高校の美術部時代

子供の頃から絵を描くのが好きだった私は高校で美術部に入った。

ただ動機は不純で、純粋にもっと絵を習いたいという気持ちからではなく、中学時代の運動部のキツさに嫌気がさして、「美術部=帰宅部」という「放課後はときどき美術室で絵を描こう」くらいの軽い気持ちであった。

しかしながら、私のその考えは間違っていた!

私の高校の美術部は、大阪の数多い高校の中でもトップクラスに入るレベルの高い、活発な美術部だったのである。活動日はほぼ毎日。夏休みには合宿まであり、お盆休みもなく絵を描き続けるというスパルタ美術部であった。

とはいえ、個性溢れる楽しい仲間たちと絵を描く日々は充実していた。

汚れが落ちにくい油絵具

50号との格闘

初めてなのにいきなり50号の油絵を描いた。この美術部では50号が基本で、時には80号、最大で120号の絵を脚立に乗って描いたこともある。合宿の時だけ「持ち運びが楽」という30号。それでも大きい。今、F4やF6を描いていることを思うと、本当に大きな作品と格闘していたことが分かる。

時間はあるがお金のない私たちは自分たちでベニヤ板を切り、木枠をつけ、下地を塗って絵を描いていた。高価な油絵具も大きな絵だとどんどん使うので、メディウムを混ぜることで量を増やして使っていた。

朝焼けの尾道港。こんな美しい光景を描かず、ごみごみした工場などを描いた記憶がある。

合宿は他の高校と合同で1年時には三重県・波切、2年時には広島県・尾道へ行った。昼間はずっと絵を描き、夜は絵を並べて批評会。厳しい意見が飛び交う刺激的で恐ろしい時間だった。

夏休みの終わりに大阪の高校展(コンクール)があるためお盆休みも学校へ行き絵を描いた。お盆に活動があるのは野球部と美術部だけだった。

文化祭では飾りつけなども任され、なかなか休みのないハードな部活だったが、顧問の先生は厳しいわけではなく好きなようにやらせてくれた。写実的な絵ばかり見ていた私に、印象派やキュービズム、具象や抽象という幅広いアートの視野を与えてくれた。

私が高校の頃に描いた油絵が1枚も残っていないのは残念だが、ごみごみした街角を実際の色とは異なる色で描いた具象的な風景画が多かったのを覚えている。

様々な美術展へ足を運び、レベルの高い他校との交流もあり、アートの視野を広げてくれた高校時代の経験。ただ結果としては、自分には美術の才能がないと思い、絵の道に進むことはなかった。美術部の仲間のうちには美術系の大学へ進学した人もいるが、私は歴史を学びたいという思いが強く総合大学へ進み、しばらく絵から離れることになる。

しかしながら、20年後にまた絵を描き始め、今もなお美術の才能がないと思いつつも、筆を握っている不思議な因果である。