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水彩画を始めた頃のこと

投稿日:2019年2月21日 更新日:

サンディエゴ・デルマー近辺 南国らしく椰子の木が多い

アメリカ・サンディエゴで子育て

2007年、夫の海外駐在に伴ってアメリカで子育てをすることになった。渡米当時、子供は3歳と1歳。当然朝から晩まで子供とつきっきり。早々に上の子をプレスクールに入れたものの、午前中は下の子と公園や読み聞かせをしてくれる図書館巡りをしたら、もうお迎え。そのあとも友達と遊んだり、ご飯を作ったり、お風呂に入れたり、近くに祖父母がいるわけでもないアメリカ生活はまさに24時間365日、子育てに費やされていた。

そんな中、2歳になった下の子を週に2回プレスクールに入れるようになった時の、開放感と言ったら!! 羽が生えたような気持ちで、下の子を送ったその足で英会話教室へ直行。週2回3時間だけだが、子供と離れて学習時間を持てることは、ものすごい喜びだった。

英語はアメリカ社会で生きていくには必須なので現地に住む外国人向けに無料で開催されている。平日は毎日講座があるので、取ろうと思えば1日中、文法から会話まで履修すればもっと上達しただろうけど、こっちは子供のお迎えまでに帰らねばならない身。お友達もあまりできないままだった。

サンディエゴ・バルボアパーク

英語で学ぶカルチャー教室へ

さて、前置きが長くなったが、水彩画のクラスはそんな私の趣味のひとつ。たまたま下の子のプレスクールが入っている同じ建物で週に1回開催されていたので、お迎えまでの時間をそこで過ごすのにちょうど良かった。

先生のケイトが課題の絵を何回かに分けてデモンストレーションを見せ、生徒は皆で同じ絵を描きながらテクニックを身に着けていくというスタイルだった。生徒の数はおよそ30人。私以外、全員リタイア後の時間を楽しむ60歳以上の方々で、アジア系はインド系のおじさまとベトナム系のおばさまと私。若い日本人ということで目立つからか、みんなが話しかけてくれるのだが、こちらは英語が下手だし、年配の方の話し方はぼそぼそしているから本当に聞き取りにくい。なので、絵に集中しているオーラを出して、あまりお喋りせずに済むようにしていた。きっとあのクラスにいた人たちから私は物静かで暗い人間だと思われていたに違いない。

長くなったので、この水彩画クラスの続きは次回へ。

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